遺骨について…

昨年の暮れ、東京在住の友人から喪中のはがきが届いた。お父さんが亡くなったとのこと。
ここ数年、年賀はがきだけのやり取りになっていたので、久しぶりに電話をしてみた。
昨年2月に亡くなったとき、友人のお父さんの実家の菩提寺が近かったのでそこでお葬式をしたらしい。
でも、その後が大変だったらしく、その時のことを思い出したように話してくれた。
「うちの父は男ばかり5人兄弟の末っ子だったから、父の実家の菩提寺でお葬式をしたとはいえ、実家の現当主とは意外と疎遠で、遺骨を実家のお墓に納めることは、うちも先方も、お互いに納得できなくて、父のお墓を建てるといっても、お金のかかる話だし、四十九日を過ぎても、しばらくそのままの状態だったんだよ」友人はそれ以上、話はしなかったけれど、実家とかなり揉めたような感じを匂わせながら、「今は菩提寺の納骨堂に小さなスペースを借りて納骨を済ませた」と呟くように言って、お葬式の話は終わった。
そういえば、うちの亡くなった祖父も三男で実家から遠く離れて暮らしていたので、こちらにお墓を建てることもなく、今の菩提寺に納骨堂を借りて、永代供養のお願いをしている。お墓もあるといいのかもしれないけど、掃除や手入れの手間を考えたり、お参りのときに雨天だったりすると面倒なので、ズボラな私はこのまま菩提寺の納骨堂を借り続けるのがベターだと思っている。そして漠然と、いずれ自分も入れてもらうつもりでいるのだった。
でも、自分が入れるスペースはあったかな。。。今度のお彼岸に確認してこよう。

大切な思い出になる写真

先日、実家の自分の部屋を片付けていると去年亡くなった祖父の葬儀の時に撮影した親戚一同の集合写真がでてきました。
なぜ私の部屋にあるのか思わず、母を呼んで2人で笑ってしまいました。
子供のころは意味も解らず葬儀に参加していたから、葬儀の後の写真撮影や宴会など不思議に思う事が多々ありました。そして、どんな表情をして写真に写ればいいのかも謎でした。
しかし、今こうやってふと出てきた写真をみて祖父や当時の事を振り返り思い出話しに花が咲いている事が、この写真の意味なんだと今になって気付きました。たまには祖父を思い出してしみじみした気持ちになるのもいいものです。
その時に母から遺影の話しを聞きました。遺影は亡くなる20年前までのを選ぶのがベストなんだとか。20年前…。だいたい最低でも80歳まで生きるとして60歳の時の写真。父が今年で61歳だからこれからもっとたくさん写真撮らなければ!と密かに意気込んだものの、なんだか無償に複雑な気持ちになりました。父と一緒に過ごせる時間を大切にしようと強く思いました。そして、父の最期を素敵な写真で送り出す事も親孝行だと言い聞かせ納得することにしました。